主日礼拝(第二アドベント)2016/12/04

2016年12月4日(日)午前10時30分~

説教;「真実で理にかなったこと」
中村静郎牧師


聖書:  使徒言行録26章1〜27節

讃美歌21

83(聖なるかな)
2(聖なるみ神は)
231(久しく待ちにし)
328(ハレルヤ、ハレルヤ~たたかいは終わり)
78(わが主よ、ここに集い)
29(天のみ民も)

新約聖書(新共同訳)より
聖書: 使徒言行録26章1〜27節

アグリッパはパウロに、「お前は自分のことを話してよい」と言った。

そこで、パウロは手を差し伸べて弁明した。

「アグリッパ王よ、私がユダヤ人たちに訴えられていることすべてについて、今日、王の前で弁明させていただけるのは幸いであると思います。

王は、ユダヤ人の慣習も論争点もみなよくご存じだからです。

それで、どうか忍耐をもって、私の申すことを聞いてくださるように、お願いいたします。

さて、私の若いころからの生活が、同胞の間であれ、またエルサレムの中であれ、最初のころからどうであったかは、ユダヤ人ならだれでも知っています。

彼らは以前から私を知っているのです。

だから、私たちの宗教の中でいちばん厳格な派である、ファリサイ派の一員として私が生活していたことを、彼らは証言しようと思えば、証言できるのです。

今、私がここに立って裁判を受けているのは、神が私たちの先祖にお与えになった約束の実現に、望みをかけているからです。

私たちの十二部族は、夜も昼も熱心に神に仕え、その約束の実現されることを望んでいます。

王よ、私はこの希望を抱いているために、ユダヤ人から訴えられているのです。

神が死者を復活させてくださるということを、あなたがたはなぜ信じがたいとお考えになるのでしょうか。

実は私自身も、あのナザレの人イエスの名に大いに反対すべきだと考えていました。

そして、それをエルサレムで実行に移し、この私が祭司長たちから権限を受けて多くの聖なる者たちを牢に入れ、彼らが死刑になるときは、賛成の意思表示をしたのです。

また、至るところの会堂で、しばしば彼らを罰してイエスを罰してイエスを冒瀆するように強制し、彼らに対して激しく怒り狂い、外国の町にまでも迫害の手を伸ばしたのです。」

こうして、私は祭司長たちから権限を委任されて、ダマスコへ向かったのですが、その途中、真昼のことです。

王よ、私は天からの光を見たのです。

それは太陽より明るく輝いて、私とまた同行していた者との周りを照らしました。

私たちが皆地に倒れたとき、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか。とげの付いた棒をけると、ひどい目に遭う』と、私にヘブライ語で語りかける声を聞きました。

私が、『主よ、あなたはどなたですか』と申しますと、主は言われました。

『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起き上がれ。自分の足で立て。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしを見たこと、そして、これからわたしが示そうとすることについて、あなたを奉仕者、また証人にするためである。

わたしは、あなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのもとに遣わす。

それは、彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち帰らせ、こうして彼らがわたしへの信仰によって、罪の赦しを得、聖なる者とされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである。』」

「アグリッパ王よ、こういう次第で、私は天から示されたことに背かず、ダマスコにいる人々を初めとして、エルサレムの人々とユダヤ全土の人々、そして異邦人に対して、悔い改めて神に立ち帰り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと伝えました。

そのためにユダヤ人たちは、神殿の境内にいた私を捕らえて殺そうとしたのです。

ところで、私は神からの助けを今日までいただいて、固く立ち、小さな者にも大きな者にも証しをしてきましたが、預言者たちやモーセが必ず起こると語ったこと以外には、何一つ述べていません。

つまり私は、メシアが苦しみを受け、また、死者の中から最初に復活して、民にも異邦人にも光を語り告げることになると述べたのです。

パウロがこう弁明していると、フェストゥスは大声で言った。

「パウロ、お前は頭がおかしい。
学問のしすぎで、おかしくなったのだ。」

パウロは言った。

「フェストゥス閣下、わたしは頭がおかしいわけではありません。

真実で理ににかなったことを話しているのです。

王はこれらのことについてよくご存じですので、はっきりと申し上げます。

このことは、どこかの片隅で起こったのではありません。

ですから、一つとしてご存じないものはないと、確信しております。

アグリッパ王よ、預言者たちを信じておられますか。

信じておられることと思います。」

主日礼拝(第三アドベント)2016/12/11

2016年12月11日(日)午前10時30分~

説教;「奇跡への船旅」
中村静郎牧師
 


聖書:  使徒言行録27章1〜44節

讃美歌21

83(聖なるかな)
3(扉を開きて)
242(主を待ち望むアドヴェント)
456(わが魂を愛するイェスよ)
29(天のみ民も)

新約聖書(新共同訳)より
聖書: 使徒言行録27章1〜44節

わたしたちがイタリアへ向かって船出することに決まったとき、パウロと他の数名の囚人は、皇帝直属部隊の百人隊長ユリウスという者に引き渡された。

わたしたちは、アジア州沿岸の各地に寄港することになっている、アドラミティオン港の船に乗って出港した。

テサロニケ出身のマケドニア人アリスタルコも一緒であった。

翌日シドンに着いたが、ユリウスはパウロを親切に扱い、友人たちのところへ行ってもてなしを受けることを許してくれた。

そこから船出したが、向かい風のためキプロス島の陰を航行し、キリキア州とパンフィリア州の沖を過ぎて、リキア州のミラに着いた。

ここで百人隊長は、イタリアに行くアレクサンドリアの船を見つけて、わたしたちをそれに乗り込ませた。

幾日もの間、船足ははかどらず、ようやくクニドス港に近づいた。

ところが、風に行く手を阻まれたので、サルモネ岬を回ってクレタ島の陰を航行し、ようやく島の岸に沿って進み、ラサヤの町に近い「良い港」と呼ばれる所に着いた。

かなりの時がたって、既に断食日も過ぎていたので、航海はもう危険であった。

それで、パウロは人々に忠告した。

「皆さん、わたしの見るところでは、この航海は積み荷や船体ばかりでなく、わたしたち自身にも危険と多大の損失をもたらすことになります。」

しかし、百人隊長は、パウロの言ったことよりも、船長や船主の方を信用した。

この港は冬を越すのに適していなかった。

それで、大多数の者の意見により、ここから船出し、できるならばクレタ島で南西と北西に面しているフェニクス港に行き、そこで冬を過ごすことになった。

ときに、南風が静かに吹いて来たので、人々は望みどおりに事が運ぶと考えて錨を上げ、クレタ島の岸に沿って進んだ。

しかし、間もなく「エウラキロン」と呼ばれる暴風が、島の方から吹き降ろして来た。

船はそれに巻き込まれ、風に逆らって進むことができなかったので、わたしたちは流されるにまかせた。

やがて、カウダという小島の陰に来たので、やっとのことで小舟をしっかりと引き寄せることができた。

小舟を船に引き上げてから、船体には綱を巻きつけ、シルティスの浅瀬に乗り上げるのを恐れて海錨を降ろし、流されるにまかせた。

しかし、ひどい暴風になやまされたので、翌日には人々は積み荷を海に捨て始め、三日目には自分たちの手で船具を投げ捨ててしまった。

幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた。

人々は長い間、食事をとっていなかった。

そのとき、パウロは彼らの中に立って言った。

「皆さん、わたしの言ったとおりに、クレタ島から船出していなければ、こんな危険や損失を避けられたにちがいありません。

しかし今、あなたがたに勧めます。

元気を出しなさい。

船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです。

わたしが仕え、礼拝している神からの天使が昨夜わたしのそばに立って、こう言われました。

『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。

神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』

ですから、皆さん、元気を出しなさい。

わたしは神を信じています。

わたしに告げられたことは、そのとおりになります。

わたしたちは、必ずどこかの島に打ち上げられるはずです。」

十四日目目の夜になったとき、わたしたちはアドリア海を漂流していた。

真夜中ごろ船員たちは、どこかの陸地に近づいているように感じた。

そこで、水の深さを測ってみると、二十オルギィアあることが分かった。

もう少し進んでまた測ってみると、十五オルギィアであった。

船が暗礁に乗り上げることを恐れて、船員たちは船尾から錨を四つ投げ込み、夜の明けるのを待ちわびた。

ところが、船員たちは船から逃げ出そうとし、船首から錨を降ろす振りをして小舟を海に降ろしたので、パウロは百人隊長と兵士たちに、「あの人たちが船にとどまっていなければ、あなたがたは助からない」と言った。

そこで、兵士たちは綱を断ち切って、小舟を流れるにまかせた。

夜が明けかけたころ、パウロは一同に食事をするように勧めた。

「今日で十四日もの間、皆さんは不安のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。

だから、どうぞ何か食べてください。

生き延びるために必要だからです。

あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません。」

こう言ってパウロは、一同の前でパンを取って神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた。

そこで、一同も元気づいて食事をした。

船にいたわたしたちは、全部で二百七十六人であった。

十分に食べてから、穀物を海に投げ捨てて船を軽くした。

朝になって、どこの陸地であるか分からなかったが、砂浜のある入り江を見つけたので、できることなら、そこへ船を乗り捨て、同時に舵の綱を解き、風に船首の帆を上げて、砂浜に向かって進んだ。

ところが、深みに挟まれた浅瀬にぶつかって船を乗り上げてしまい、船首がめり込んで動かなくなり、船尾は激しい波で壊れだした。

兵士たちは、囚人たちが泳いで逃げないように、殺そうと計ったが、百人隊長はパウロを助けたいと思ったので、この計画を思いとどまらせた。

そして、泳げる者がまず飛び込んで陸に上がり、残りの者は板切れや船の乗組員につかまって泳いで行くように命令した。

このようにして、全員が無事に上陸した。

主日礼拝(第四アドベント)2016/12/18

2016年12月18日(日)午前10時30分~

説教;「つまずきを乗り越えて」
中村静郎牧師
 


聖書:  使徒言行録28章1〜27節

讃美歌21

83(聖なるかな)
4(世にあるかぎりの)
252(羊はねむれり)
531(主イェスこそわが望み)
29(天のみ民も)

新約聖書(新共同訳)より
聖書: 使徒言行録28章1〜27節

わたしたちが助かったとき、この島がマルタと呼ばれていることが分かった。

島の住民は大変親切にしてくれた。

降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、わたしたち一同をもてなしてくれたのである。

パウロが一束の枯れ枝を集めて火にくべると、一匹の蝮(まむし)が熱気のために出て来て、その手に絡みついた。

住民は彼の手にぶら下がっているこの生き物を見て、互いに言った。

「この人はきっと人殺しにちがいない。海では助かったが、『正義の女神』はこの人を生かしておかないのだ。」

ところが、パウロはその生き物を火の中に振り落とし、何の害も受けなかった。

体がはれ上がるか、あるいは急に倒れて死ぬだろうと、彼らはパウロの様子をうかがっていた。

しかし、いつまでたっても何も起こらないのを見て、考えを変え、「この人は神様だ」と言った。

さて、この場所の近くに、島の長官でプブリウスという人の所有地があった。

彼はわたしたちを歓迎して、三日間、手厚くもてなしてくれた。

ときに、プブリウスの父親が熱病と下痢で床についていたので、パウロはその家に行って祈り、手を置いていやした。

このことがあったので、島のほかの病人たちもやって来て、いやしてもらった。

それで、彼らはわたしたちに深く敬意を表し、船出のときには、わたしたちに必要な物を持って来てくれた。

三か月後、わたしたちは、この島で冬を越していたアレクサンドリアの船に乗って出航した。

ディオスクロイを船印とする船であった。

わたしたちは、シラクサに寄港して三日間そこに滞在し、ここから海岸沿いに進み、レギオンに着いた。

一日たつと、南風が吹いて来たので、二日でプテオリに入港した。

わたしたちはそこで兄弟たちを見つけ、請われるままに七日間滞在した。

こうして、わたしたちはローマに着いた。

ローマからは、兄弟たちがわたしたちのことを聞き伝えて、アピイフォルムとトレス・タベルネまで迎えに来てくれた。

パウロは彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられた。

わたしたちがローマに入ったとき、パウロは番兵を一人つけられたが、自分だけで住むことを許された。

三日の後、パウロはおもだったユダヤ人たちを招いた。

彼らが集まって来たとき、こう言った。

「兄弟たち、わたしは、民に対しても先祖の慣習に対しても、背くようなことは何一つしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に引き渡されてしまいました。

ローマ人はわたしを取り調べたのですが、死刑に相当する理由が何も無かったので、釈放しようと思ったのです。

しかし、ユダヤ人たちが反対したので、わたしは皇帝に上訴せざるをえませんでした。

これは、決して同胞を告発するためではありません。

だからこそ、お会いして話し合いたいと、あなたがたにお願いしたのです。

イスラエルが希望していることのために、わたしはこのように鎖でつながれているのです。」

すると、ユダヤ人たちが言った。

「私どもは、あなたのことについてユダヤ人から何の書面も受け取ってはおりませんし、また、ここに来た兄弟のだれ一人として、あなたについて何か悪いことを報告したことも、話したこともありませんでした。

あなたの考えておられることを、直接お聞きしたい。

この分派については、至るところで反対があることを耳にしているのです。」

そこで、ユダヤ人たちは日を決めて、大勢でパウロの宿舎にやって来た。

パウロは、朝から晩まで説明を続けた。

神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである。

ある者はパウロの言うことを受け入れたが、他の者は信じようとはしなかった。

彼らが互いに意見が一致しないまま、立ち去ろうとしたとき、パウロはひと言次のように言った。

「聖霊は、預言者イザヤを通して、実に正しくあなたがたの先祖に、語られました。

『この民のところへ行って言え。

あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、
見るには見るが、決して認めない。

この民の心は鈍り、
耳は遠くなり、
目は閉じてしまった。

こうして、彼らは目で見ることなく、
耳で聞くことなく、
心で理解せず、立ち帰らない。

わたしは彼らをいやさない。』

2016年 アドベント・クリスマス2016/12/23


今年も、11月27日(日)から
アドベントに入ります。

アドベントとは、イエス・キリストの
降誕を待ち望む期間のことです。

宝永教会も、クリスマスに向けて
特別な礼拝やイベントを行います。

初めての方も、ぜひこの機会にお越しください。
心よりお待ちしております。

 


2016年 アドベント・クリスマスの予定
 

 

【クリスマス ミニ・コンサート】
12/24 (土) 16:30~17:00

【クリスマス イヴ 讃美礼拝】
12/24 (土) 17:00~18:00
 
 

【クリスマス礼拝】
12/25(日) 10:30~

【クリスマス祝会・愛餐会】
12/25(日) 12:30~14:30
 
 

 

~ クリスマスの喜び ~
 
今年も、そこかしこでクリスマスソングが鳴り響き出しました。

イエス・キリストの降誕をお祝いするクリスマスが、何故2000年たった今でも、世界中で続けられているのでしょうか。

それは、イエス・キリストが神様からの素晴らしい贈りものだったからです。

聖書には、次のように記されています。
 
「私が来たのは、正しい人を招くためでなく、
罪人を招いて悔い改めさせるためである。」

(ルカ福音書5:32)

「私は道であり、真理であり、命である。」
(ヨハネ福音書14:6)

あなたは今、迷っていませんか?
何が真実であり、何が善であるか。
迷わず、まっすぐに歩く道はどれか。

神の子イエスは教えてくださいます。聖書は、神の言葉です。

教会では、毎週日曜日の礼拝を通して牧師により聖書の解き明かしがなされています。
 
「疲れた者、重荷を負う者は、
だれでもわたしのもとに来なさい。」

(マタイ福音書11:28)

あなたにも、神の子イエスの救いの手がさしのべられています。

イエスを神の子と信じるものは救われます。
自我を越え、自分を解き放つことにより、新しい世界が開かれるのです。

今日、どうぞあなたの上に神様のお導きがありますように。
共にクリスマスをお祝いし、神を賛美し礼拝できることを、心からお待ちしております。
 
福井宝永教会牧師 中村静郎

2016年 クリスマス・イヴ讃美礼拝2016/12/24


クリスマス・イヴ 讃美礼拝
12月24日(土)午後5時~6時


 「マリア讃歌」
中村静郎牧師

聖書 ルカによる福音書1章39-55節


【讃美歌Ⅰ】
98(あめにはさかえ)

アルト

100(生けるものすべて)
斉唱のみ

103(まきびとひつじを)

アルト

106(あら野のはてに)
アルト

107(まぶねのかたえに)
アルト

109(きよしこのよる)
アルト

111(神の御子は今宵しも)
アルト

112(もろびとこぞりて)
アルト

*曲名をクリックすると
奏楽音声を聴くことができます。

全8曲連続再生(約16分)

左端のボタンで再生・停止できます。

クリスマス讃美礼拝は、午後4時30分からの
ミニ・コンサートにひき続いて行われます。

聖書の朗読を聴き、
パイプオルガンや弦管楽器の奏楽に合わせて、
クリスマス讃美歌を共に歌いましょう。

初めての方もお気軽にお越しください。
*聖書と讃美歌は教会に用意があります。

奏楽演奏
パイプオルガン 平林知子(宝永教会オルガニスト)
フルート 平野淳子(福井交響楽団)
コントラバス 吉田浩士(福井交響楽団)

 

新約聖書(新共同訳)より
ルカによる福音書1章39-55節

そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。

そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。

マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。

エリサベトは聖霊に満たされて、声高らかに言った。

「あなたは女の中で祝福された方です。

胎内のお子さまも祝福されています。

わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。

あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。

主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」

そこで、マリアは言った。

「わたしの魂は主をあがめ、
 わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。

身分の低い、この主のはしためにも
 目を留めてくださったからです。

今から後、いつの世の人も
 わたしを幸いな者と言うでしょう、

力ある方が、
 わたしに偉大なことをなさいましたから。

 その御名は尊く、
その憐れみは代々に限りなく、
 主を畏れる者に及びます。

主はその腕で力を振るい、
 思い上がる者を打ち散らし、

権力ある者をその座から引き降ろし、
 身分の低い者を高く上げ、

飢えた人を良い物で満たし、
 富める者を空腹のまま追い返されます。

その僕イスラエルを受け入れて、
 憐みをお忘れになりません、

わたしたちの先祖におっしゃったとおり、
 アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」

2016年 クリスマス・ミニコンサート2016/12/24


12月24日(土)午後4時半~5時

クリスマス讃美礼拝の前に、
フルート・コントラバス・ピアノ&パイプオルガン
によるミニ・コンサートが開かれます。


G線上のアリア/J.S.バッハ
アヴェ・マリア/シューベルト
オルガン協奏曲/J.S.バッハ
ほか

パイプオルガン・ピアノ 平林知子(宝永教会オルガニスト)
フルート 平野淳子(福井交響楽団)
コントラバス 吉田浩士(福井交響楽団)

入場無料

初めての方もどうぞお立ち寄りください。

宝永教会のパイプオルガンについて(試聴もできます)


2016年 クリスマス親子合同主日礼拝2016/12/25


クリスマス親子合同主日礼拝

2016年12月25日(日)午前10時30分~

説教;「クリスマスの喜び」
中村静郎牧師
説教音声(約36分)
 


聖書:  ルカによる福音書第2章8~20節

讃美歌21

83(聖なるかな)
5(わたしたちは神の民)
252(羊はねむれり)
255(生けるものすべて)
513(主は命を)
29(天のみ民も)

礼拝後、クリスマス祝会・愛餐会を致します。

新約聖書(新共同訳)より
聖書: ルカによる福音書第2章8~20節

その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。

すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。

天使は言った。

「恐れるな。

わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。

今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。

この方こそ主メシアである。

あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。

これがあなたがたへのしるしである。」

すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

「いと高きところには栄光、神にあれ、
  地には平和、御心に適う人にあれ。」

天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。

そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。

その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。

聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。

しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。

羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。