新年主日礼拝 ― 2017/01/01
説教;「神の救いは異邦人へ」
中村静郎牧師
聖書: 使徒言行録28章17〜31節
讃美歌21(クリックすると宝永教会のパイプオルガンで演奏された奏楽音声が流れます。事前練習にお役立てください。)
83(聖なるかな)
7(ほめたたえよ、力強き主を)
442(はかりも知れない)
405(すべての人に)
513(主は命を)
29(天のみ民も)
新約聖書(新共同訳)より
聖書: 使徒言行録28章17〜31節
三日の後、パウロはおもだったユダヤ人たちを招いた。
彼らが集まって来たとき、こう言った。
「兄弟たち、わたしは、民に対しても先祖の慣習に対しても、背くようなことは何一つしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に引き渡されてしまいました。
ローマ人はわたしを取り調べたのですが、死刑に相当する理由が何も無かったので、釈放しようと思ったのです。
しかし、ユダヤ人たちが反対したので、わたしは皇帝に上訴せざるをえませんでした。
これは、決して同胞を告発するためではありません。
だからこそ、お会いして話し合いたいと、あなたがたにお願いしたのです。
イスラエルが希望していることのために、わたしはこのように鎖でつながれているのです。」
すると、ユダヤ人たちが言った。
「私どもは、あなたのことについてユダヤから何の書面も受け取ってはおりませんし、また、ここに来た兄弟のだれ一人として、あなたについて何か悪いことを報告したことも、話したこともありませんでした。
あなたの考えておられることを、直接お聞きしたい。
この分派については、至るところで反対があることを耳にしているのです。」
そこで、ユダヤ人たちは日を決めて、大勢でパウロの宿舎にやって来た。
パウロは、朝から晩まで説明を続けた。
神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである。
ある者はパウロの言うことを受け入れたが、他の者は信じようとはしなかった。
彼らが互いに意見が一致しないまま、立ち去ろうとしたとき、パウロはひと言次のように言った。
「聖霊は、預言者イザヤを通して、実に正しくあなたがたの先祖に、語られました。
『この民のところへ行って言え。
あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、
見るには見るが、決して認めない。
この民の心は鈍り、耳は遠くなり、
目は閉じてしまった。
こうして、彼らは目で見ることなく、
耳で聞くことなく、
心で理解せず、立ち帰らない。
わたしは彼らをいやさない。』
だから、このことを知っていただきたい。
この神の救いは異邦人に向けられました。
彼らこそ、これに聞き従うのです。」
パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた。
主日礼拝 ― 2017/01/08
説教;「キリストにおいて」
中村静郎牧師
説教音声(約49分)
聖書: エフェソの信徒への手紙1章1〜14節
讃美歌21(クリックすると宝永教会のパイプオルガンで演奏された奏楽音声が流れます。事前練習にお役立てください。)
83(聖なるかな)
8(心の底より)
357(力に満ちたる)
392(主の強い御腕よ)
29(天のみ民も)
新約聖書(新共同訳)より
聖書: エフェソの信徒への手紙1章1〜14節
神の御心によってキリスト・イエスの使徒とされたパウロから、エフェソにいる聖なる者たち、キリスト・イエスを信ずる人たちへ。
私たちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように。
わたしたちの主イエス・キリストの父である神は、ほめたたえられますように。
神は、わたしたちをキリストにおいて、天のあらゆる霊的な祝福で満たしてくださいました。
天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、ご自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。
天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、ご自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。
イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになったのです。
神がその愛する御子によって与えてくださった輝かしい恵みを、わたしたちがたたえるためです。
わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。
これは、神の豊かな恵みによるものです。
神はこの恵みをわたしたちの上にあふれさせ、すべての知恵と理解とを与えて、秘められた計画をわたしたちに知らせてくださいました。
これは、前もってキリストにおいてお決めになった神の御心によるものです。
こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。
天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです。
キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方のご計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。
それは、以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです。
あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。
この聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです。
主日礼拝 ― 2017/01/15
説教;「パウロの祈り」
中村静郎牧師
聖書: エフェソの信徒への手紙1章15〜23節
讃美歌21(クリックすると宝永教会のパイプオルガンで演奏された奏楽音声が流れます。事前練習にお役立てください。)
83(聖なるかな)
9(わが身にたまいし)
390(主は教会の基となり)
538(力の限りに)
29(天のみ民も)
新約聖書(新共同訳)より
聖書: エフェソの信徒への手紙1章15〜23節
こういうわけで、わたしも、あなたがたが主イエスを信じ、すべての聖なる者たちを愛していることを聞き、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こし、絶えず感謝しています。
どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、心の目を開いてくださるように。
そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。
また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。
神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。
神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。
教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。
主日礼拝 ― 2017/01/22
説教;「パウロの祈り(Ⅱ)」
中村静郎牧師
説教音声(約50分)
聖書;エフェソの信徒への手紙1章15〜23節
讃美歌21(クリックすると宝永教会のパイプオルガンで演奏された奏楽音声が流れます。事前練習にお役立てください。)
83(聖なるかな)
10(今こそ人みな)
492(み神をたたえる心こそは)
50(みことばもて主よ)
29(天のみ民も)
新約聖書(新共同訳)より
聖書: エフェソの信徒への手紙1章15〜23節
こういうわけで、わたしも、あなたがたが主イエスを信じ、すべての聖なる者たちを愛していることを聞き、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こし、絶えず感謝しています。
どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、心の目を開いてくださるように。
そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。
また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。
神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。
神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。
教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。
主日礼拝 ― 2017/01/29
説教;「死から命へ」
中村静郎牧師
説教音声(約52分)
聖書: エフェソの信徒への手紙2章1〜10節
讃美歌21(クリックすると宝永教会のパイプオルガンで演奏された奏楽音声が流れます。事前練習にお役立てください。)
83(聖なるかな)
11(感謝にみちて)
442(はかりも知れない)
229(いま来たりませ)
29(天のみ民も)
新約聖書(新共同訳)より
聖書: エフェソの信徒への手紙2章1〜10節
さて、あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです。
この世を支配する者、かの空中に勢力を持つ者、すなわち、不従順な者たちの内に今も働く霊に従い、過ちと罪を犯して歩んでいました。
わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした。
しかし、憐み豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、―あなたがたの救われたのは恵みによるのです―キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。
こうして、神は、キリスト・イエスにおいてわたしたちにお示しになった慈しみにより、その限りなく豊かな恵みを、来るべき世に現わそうとされたのです。
事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。
このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。
行いによるのではありません。
それは、だれも誇ることがないためなのです。
なぜなら、わたしたちは神に造られたものであり、しかも、神が前もって準備してくださった善い業のために、キリスト・イエスにおいて造られたからです。
わたしたちは、その善い業を行って歩むのです。